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あなたは医療従事者ですか?
公開日:2020/8/19
日本シグマックス株式会社
「在宅療養中の82歳の男性。食事は全介助で、とろみ付きで食べている。昨日から37.5度の発熱と、咳・痰がでてきた。」という状況を思い浮かべてください。
Q) このような状況に遭遇したことはありますか?
Q) その時どのような病気を考えましたか?
Q) 医師に報告しましたか?それとも報告は見合わせましたか?
Q) どのような対応をしましたか?
このような状況にみなさんも遭遇したことはありませんか?発熱もあるし、咳も痰もあることから、呼吸器の感染はありそうです。でも医師or医療機関に報告すればいいのか?それともこのまま経過をみていいものなのか?どの段階で報告するかは、医療機関との関係性、感冒の流行状況、嚥下機能などさまざまな要素を考えなくてはいけず、毎回迷ってしまう人も多いのではないでしょうか?あるいは、医療機関受診のタイミングに関しても、同日に医療機関受診、後日医療機関受診など、このような状況に遭遇した日時や環境も影響してきます。金曜日午前の訪問で明日はかかりつけの医療機関が休診日だったら、同居している介護者の体調があまり優れなかったら、そして「私(訪問看護師)自身に、次の訪問先スケジュールがまだ残っていたら」など、様々な状況が「判断」には影響してきます。
今まで皆さんは、報告するか、様子をみるかの判断をどうやってしていたでしょうか?過去に誤嚥性肺炎で入院治療したことがあるのか? 医学的情報としては、血圧、脈拍数、意識レベル、呼吸数、SpO2などのバイタルサイン、聴診所見などの身体所見、そして「患者家族、介護者の不安や余力はどの程度あるのか?」などを参考にしていたのではないかと思います。
医師としては、治療方針が変わるかどうかが気にかかります。すなわち、バイタルに異常があるか、肺炎に進展しているかの2点です。
バイタルの異常は、血圧計、SpO2モニター、体温計ですぐに分かります。ところが肺炎になっているかどうかを診察だけで判断することは医師でも難しいことがあります。肺炎かどうかの指標の一つとして胸部聴診があります。しかしながら、聴診所見は聞く人によって毎回同じように聞こえるとは限りません。かといって携帯電話に聴診器をおしつけて、電話越しに医師に聴診してもらうわけにもいきません。(遠隔聴診システムは流通し始めていますが、まだ普及していないのが現状です。)聴診所見を共有することは現時点ではまだ難しく、看護師さんの聴診初見は口頭でしか伝えることができません。前回ご紹介した膀胱のように、簡単に見た目で判断することはできないでしょうか?実は、できます。肺にポケットエコーを当てて、目で見て判断することができるのです。膀胱エコーと同じようにICTが整った環境で勤務しているのであれば、エコー画像を同僚看護師や、医師に見てもらうことも可能なのです。
ポケットエコーで、目で見て判断できると言っても、どんな肺炎でも見つけることができるわけではありません。肺エコーは聴診器に似ています。聴診器は当てたところの呼吸音はわかりますが、当てていないところの呼吸音はわかりません。肺エコーもプローブを当てたところの肺の状態しか見ることができません。肺全体に異常があるかどうかを調べたいときは、胸部X線画像やCTが有用ですが、患者様のご自宅まで気軽に持ち出すことは難しいのが現状です。聴診所見を目で見てみたい、他の医療スタッフと共有したい。そんなときに肺にポケットエコーを当ててみてください。
エコーには、リニア、コンベックス、セクタという3種類のプローブがあります。それぞれ得意な分野が異なりますが、ポケットエコーとして売っているエコーであればどの種類を使っても肺エコーは可能です。ただし、プローブによって見え方が違うため、その違いを把握することは重要です。(図1)ポケットエコーによって、「肺モード」など肺エコーに適した調整が予めなされている「ポケットエコー miruco(ミルコ)」のような機種もあります。
まずは肺エコーの評価の仕方です。肺エコーはプローブのマークを患者様の足側にむけて、肋骨に対して垂直に当てます。ちょうどプローブで肋骨をまたぐように当てるイメージです。まずは普段聴診している場所に当ててみましょう。誤嚥性肺炎が起きやすい場所、そうです!肺底部(肺の下、後側)になります。エコーを当てると、肋骨がみえます。この肋骨の間に白くざらざらと動く横線がみえます。これが胸膜です。正常な肺は空気を多く含むため、胸膜が反射して同じような横線が何本も見えます。(図2)この横線をA-linesとよび、肺エコーでは正常像として扱われます。
次は異常な肺の見分け方です。異常な肺は肺胞に水(痰、浸出液)などがたまっています。そのために、たくさんの空気の中に水分が乱反射することで先程の肋骨と肋骨の間から縦の線(B-lines)が伸びます。(図2)A-linesを打ち消して、かつ画面の下の方まで縦の線が伸びている事が重要です。この縦の線は呼吸によって動くため、エコー画像では呼吸に応じて縦の線が4〜6本くらい見えるように映ります。基本的にB-linesが見える場合は異常所見と捉えます。
先程の症例で、肺エコーを当ててB-linesがあれば、肺炎を疑い医師へ報告を考えます。逆に所見が全くなく、バイタルが落ち着いているのであれば、肺炎の可能性は減るのでしばらく経過を見ることも可能かもしれません。具体的にどのような症例を報告するかは、報告先の医療機関と一度相談の上判断することをおすすめします。
なお、肺炎が重くなるほど(=肺に水が増えるほど)B-linesの数は増えていきます。一方で、肺炎が軽快してくるほど(=肺に水が減るほど)B-linesの数は減っていきます。つまり、継続的にエコーを行うことで、その経過を判断する材料にもなります(*3)
エコーをうまく使用していくには報告する医師との信頼関係が重要です。同じ画像を同じように判断できているか、その信頼度を向上させるために、ICTが進んでいれば、エコー画像を共有してもいいですし、後日エコー画像を医師に供覧して意見をもらうのもいいかもしれません。ポケットエコーを通して、医師と看護師の間での信頼関係(腹も腕も見える関係)を強くするきっかけにしてください。
訪問看護ステーションの中で、スタッフ同士がエコー画像をケア情報の一環としてコミュニケーションに使っている例としては、第1回記事の落合実看護師らの取り組みもご参考ください。
今回は紙面の都合で肺エコーの魅力の一部分しか紹介できませんでした。肺エコーは今回ご紹介した以外にも、以下のような活用が可能です。
体系的に肺エコーを学びたい場合、看護師のエコーのハンズオンセミナーも広がりを見せています。(Pocket Echo Life Support program「看護が変わる!アセスメントエコー」セミナー:https://lp.sigmax-med.jp/PELS_registration2020.htmlなど)
すでにエコーを利用している方でも、もちろん初学者でも、ぜひ、一度うけてみてエコーを触ってみてはいかがでしょうか?そして、現場で活用している方々とも交流し、現場の悩みを共有してみてはいかがでしょうか?
この時代、「患者が熱発した? 咳が悪化した?」となると、まず始めに「コロナは大丈夫?」と心配になります。とはいっても、これまで以上に「念のため病院(診療所)を受診して、レントゲン写真を撮ってもらう」ことへのハードルが上がっています。現場で円滑に肺エコーを実施し、情報共有することで、現場の安心感にこれまで以上に役立ちます。新型コロナウイルスによる肺炎への肺エコーは、レントゲン写真よりも初期の発見精度が高く、スクリーニング目的で海外では既に実践で活用されています。
在宅医療の現場では、医療者自身が患者宅に持ち込まないこと、患者および患者家族と接するときの「感染対策」に苦労されている方々も多いと思います。誤嚥性肺炎のエコーを実施する時にも工夫が必要になります。具体的には、患者を側臥位にして、背部からプローブを当てることで評価できますので、直接飛沫が飛んでくることの曝露を防ぐことができます。実施後は、プローブ、タブレット、ケーブルもアルコール綿などで拭くことも忘れないようにしてください。
参考
(*1) 小林只(編著).みるミルできるポケットエコー 1 膀胱. 中外医学社, 2016.
(*2) 小林只(編著).みるミルできるポケットエコー 2 経鼻胃管・誤嚥性肺炎. 中外医学社, 2019.
(*3) Hirofumi Namiki, MD and Tadashi Kobayashi, MD, PhD.(2019).Lung Ultrasound for Initial Diagnosis and Subsequent Monitoring of Aspiration Pneumonia in Elderly in Home Medical Care Setting. Gerontology & Geriatric Medicine,5,1–5