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公開日:2024/1/24
アルケア株式会社
高知県立あき総合病院(病院長 前田博教氏・270床)は、高知県東部地域の医療を支える中核病院として、2014年に開設されました。
同病院では、2022年より「ノーリフティングケア(=抱え上げない・持ち上げない・引きずらないケア)」に取り組んでいます。高知県では「高知家まるごとノーリフティング宣言」を行うなど、その推進に力を入れていますが、普及は介護施設などが中心で、病院などの医療の現場においてはまだあまり浸透していないのが現状です。
今回は、そのような状況のなか、ノーリフティングケアに取り組んでいるあき総合病院を訪ね、その背景や、具体的な取り組み内容について、お話を伺いました。
あき総合病院でノーリフティングケアに取り組むことになったきっかけは、中屋美智看護部長が、内科医長で産業医でもある森尾真明医師に、「(職員対象の)職場衛生に関する研修会」について相談したことだと言います。
「森尾医師から、『ナチュラルハートフルケアネットワークの下元佳子さん(代表理事・理学療法士)の産業医向けの研修会で聞いたノーリフティングケアの話がすごく興味深かったので、うちの病院でも取り入れたらどうか』と言われたのです」(中屋看護部長)。
森尾医師は当時、院内で腰痛のあるスタッフの多いことに警戒感をもっていたと言います。
「院内に腰痛の人がすごく多いなという印象があったのです。しかも若い30代の男性スタッフが多い。産業医の視点から言うと、これは体力や本人の努力だけではカバーできない。スタッフに腰痛などが発生しない、心身とも万全の状態で仕事のできる環境を整えないと、ケアの質が下がるのではと感じていました」。そういうときに「下元さんの研修会でノーリフティングケアのことを知ったのです」(森尾医師)。
ノーリフティングケアについて、森尾医師は当初、多くの人と同じように、「リフトなどの機械を使用するもの」というイメージをもっていたと言います。
「しかし下元さんの話を聞いて認識が変わりました。リフトでなくても、抱え上げずに体位変換や移動・移乗などが行える『スライディングシート』や『スライディングボード』などのツールもあることを知り、それならば導入しやすいと思いました。それに、ノーリフティングケアが、単にツールを使うものではなく、それ自体が『ケアの質を上げるためのシステム』に位置づけられることも知って、院内のシステム改善にも有用ではないかと思ったのです」(森尾医師)。
こうしてあき総合病院のノーリフティングケアのプロジェクトが動き出します。中屋看護部長は早速、下元さんに連絡したと言います。
「下元さんは高知県の老健や特養などでノーリフティングケアを支援していて、それがすごく浸透していると。早速、当院にも下元さんに来ていただいて、病院全体の取り組みや腰痛予防委員会(以下、委員会)の立ち上げなど、導入のところから相談しました」(中屋看護部長)。
まず行ったのは委員会の立ち上げで、メンバーは、産業医の森尾医師や看護部長、経営事業部長などの管理職、看護師・リハ専門職などの医療スタッフだけでなく、経営事業課の事務担当者にも加わってもらったと言います。メンバーの決め方について「下元さんから『こういう役割の担当が必要』ということを聞いていたので、それに準じて決めました。導入時はお金もかかわってくるので事務方の担当者にも入ってもらう必要があると言われました」(中屋看護部長)。
委員会メンバーは、研修への参加やeラーニングの受講などにより、ノーリフティングケアに関する基本技術や組織運営・指導方法の習得に取り組んだと言います。特に「基本技術」の実技研修は、医療職だけでなく、事務職のメンバーも受講して、実際にノーリフティングの手技を経験したそうです。この経験が、その後の事務業務での福祉用具の予算化や県への予算請求申請にも役立ちました。
「それまでノーリフティングと言葉で聞いても、正直わかりづらかった。でも実際に自分でやってみると、実感としてすごくわかったのです。その利便性が実感としてわかるようになると、県に対しても説得力のある説明ができるようになりました」(事務で委員会メンバーの塔岡徹郎氏)。
病棟にノーリフティングケアを周知する段階で、まず2つの病棟をモデル病棟として設定。看護師の委員会メンバーの和田匡生さんは、この時の状況について、次のように話します。
「モデル病棟の1つが、当時私が所属していた整形外科の急性期病棟でした。患者さんの日常生活での介助量が多く、スタッフの腰痛リスクが高いからです。当院でノーリフティングケアを導入するにあたって、最初に使用する福祉用具には、体位変換や移動動作時に使用するスライディングシート(ディスポタイプ)を選びました。病棟内で勉強会を行い、シートの使用方法や保管方法などをスタッフに周知しました」。
実は、病棟には以前からリユースタイプのシートがあったのに、あまり使われていなかったと和田さんは言います。
「モデル病棟になったとき、病棟の実態を知るため、スタッフに腰痛のアンケートを行いました。結果、8割を超えるスタッフが腰痛を感じながら仕事をしていました。それなのに、その半数以上がシート(リユースタイプ)を使用していなかったのです。使用しない理由は、使い方がわからない、取りにいったり戻したりが面倒というものでした」。
加えてコロナ禍で感染予防も必要だったため、シートの消毒などで負担は大きくなります。せっかくシートを使ってノーリフティングケアを広めていこうというときに、スタッフからその道具が毛嫌いされてしまっては……。和田さんは考えました。
「それでディスポタイプのシートを採用したのです(写真1・2)。整形外科病棟の場合、血液の汚染などもあるため、ディスポタイプだと使いやすい。ディスポタイプのシートでも入院期間中くらいなら、破損もあまりなく使用できました」(看護師 和田氏)。
保管についてのメリットもありました。今回採用したディスポタイプのシートは、ロール状でかさばらないため、病棟近くの資材置き場での保管も可能です。必要な時に取りにいけばよく(使用後はベッドサイドの床頭台で管理)、スタッフの負担も少なかったのです(写真3・4)。
実際、ディスポタイプのシート採用後の病棟スタッフの声として、「移動などを1人で行うことができ、ノーリフティングケアを行う機会が増えた」があったといいます。
後編は、メリットと今後の課題と期待、スライディングシート使用時のコツと注意点などの内容になります。
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