Part2運動の基礎知識

医療法人才全会 伊都クリニック 副院長
九州体力医学研究所 所長
松嶋 肖子

2023年9月公開

3.AT(嫌気性代謝閾値)とは

ATは、エネルギー生成系が酸素不足になり始めるポイントの酸素摂取量です。AT以下の運動強度ならば、筋細胞には酸素が十分に供給され、乳酸生成は進展しないため、十分な量のATPが獲得されて運動が継続できると考えられます。それでは、ATポイントを決定する方法について見ていきましょう。

ATは心肺運動負荷試験(cardiopulmonary exercise testing:CPX)で求められます。一般的には呼気ガス分析を併用し、自転車エルゴメータを用いたランプ負荷による運動負荷試験という特徴を持った検査です。「ランプ負荷」とは徐々に負荷量が増加するということで、安静時から始まって軽〜最大負荷まで負荷量が漸増します。「呼気ガス分析」装置は流量計・酸素分析計・二酸化炭素分析計からなり、一呼吸ごとに計測されるものが主流です。それ以外に必要なものは、心電図モニター、血圧計、呼気が漏れないよう鼻と口を覆うフェイスマスク、記録用紙や自覚的運動強度(rating of perceived exertion:RPE)を聞き取るためのBorg指数(表11,2などです。これらの内容については専門書が多く出版されていますので、運動負荷試験としてCPXを導入される施設の方はそちらをご参照ください。そうでない方々は、CPXに準じた漸増負荷試験を解釈するための前提として、こういう検査と理論があるといいうことをご理解いただければと思います。

表1Borg指数と日本語表記
表1 Borg指数と日本語表記

さて、CPX中に測定する項目は、酸素摂取量(VO2)・二酸化炭素排出量(VCO2)・1回換気量(TV)と呼吸数(RR)の4項目です。これらを用いてガス交換比(R(VCO2/VO2))・分時換気量(VE)・O2換気当量(VE/VO2)・CO2換気当量(VE/VCO2)・換気量CO2排出量スロープ(VE vs. VCO2 slope)などを計算し、これらの変化によりAT、RC(respiratory compensation point:呼吸性代償開始点)、maximal VO2VO2 max:最大酸素摂取量)、peak VO2(最高酸素摂取量)などが決定されます3。運動強度(負荷)が増加してATを超えると乳酸(酸)が生成され、HCO3産生による代償機序(HCO3がHを緩衝してCO2が産生されるため、ATを超えるとVO2の増加に比しVCO2の増加が大きくなる)が働きますが、やがて腎臓によるこの代償にも限界が生じます。その後、アシドーシスを代償するために呼吸器系の応答(過換気)が始まるわけですが、この呼吸器系の代償が開始するポイントがRCと呼ばれるものです。呼吸器系の代償に限界がくると、アシドーシスを代償できずに運動終点を迎えます。運動終点の酸素摂取量にはmaximal VO2とpeak VO2があります。peak VO2は、被験者が「もうこれ以上は運動ができない」という強度における酸素摂取量、maximal VO2は「運動を続けることはできるが、それ以上運動強度を増しても酸素摂取量が増加しないレベルの酸素摂取量」のことを言います。このような症候限界までの検査は、運動に慣れた鍛錬者に対してのみ行われるのであって、透析患者・高齢者や低体力者などの場合は、ATあるいはその人なりのpeakに達した時点で検査を終了する最大下負荷試験が安全であると考えられます。なお、呼気ガス分析法によるAT決定のためのクライテリア(判断基準)は以下のようになります。

●AT決定法

  1. 1VCO2VO2に比して増加開始する点
  2. 2V-slope法にてVO2- VCO2 slopeが45度以上に増加する点
  3. 3VE/ VCO2が増加せずにVE/ VO2が増加開始する点
  4. 4PETO2(終末呼気酸素濃度)が増加開始する点
  5. 5R(ガス交換比)が増加開始する点

以下にランプ負荷中に得られる指標(図3)と、V-slope法でATを決定する様子(図4)をお示しします。peak VO2は、運動に慣れた鍛錬者等ではAT→RC→VO2max→peak VO2のように段階を踏んで出現することが多いのですが、運動に慣れていない透析患者等ではAT到達後すぐ、あるいはAT以前に出現するなど、患者の体力と主観に応じてさまざまです。

図3ランプ負荷試験中の呼吸循環指標の変化
図3 ランプ負荷試験中の呼吸循環指標の変化
図4V-slope法によるATの決定
図4 V-slope法によるATの決定

VO2をx軸、VCO2をy軸に両者の関係を見ると、ランプ負荷開始後は傾き45度の回帰直線となりますが、ATを超えるとVCO2の増加が大きくなるため傾きが急になります。ATはこの2本の回帰直線の交点から求められます。

こうして決定したATを利用して運動処方を行います。負荷量はATの1分前のものを処方し、酸素摂取量はATポイントの数値を利用します。負荷量が1分前に戻る理由は「負荷に対する生体反応の遅れ」が存在するためです3。運動の現場で採用する指標としては、負荷量と、ATポイントにおける心拍数(目標心拍数)や自覚的運動強度です。
一般にBorg 12~13がATに相当すると言われています1,2。才全会でも透析患者のCPX 242試験を解析(図5)したところ、ATに相当するBorg指数は平均11.2±2.27であり、Borg 11が最も多く35.5%、次いでBorg 13が27.3%という結果でした。注意すべきは透析患者のような低体力者では、Borg 7やBorg 9といった低い強度で患者が無自覚な場合でも、すでにATに達しているという事実です。これはCPXを行ってATを調べれば正確に処方できますが、ATによらない運動処方の際には十分に注意しなければなりません。

図5CPXにおけるATとBorg指数の比較
図5 CPXにおけるATとBorg指数の比較

引用文献

  1. 1.Borg G:Perceived Exertion as an indicator of somatic stress. Scand J Rehabil Med 1970;2(2):92-98.
  2. 2.小野寺孝一,宮下充正:全身持久性運動における主観的強度と客観的強度の対応性-Rating of perceived exertionの観点から-.体育学研究 1976;21(4):191-206.
  3. 3.安達仁編:CPX・運動療法ハンドブック 改訂4版 心臓リハビリテーションのリアルワールド.中外医学社,東京,2019:316.
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