Part4透析運動療法の注意点

医療法人才全会 伊都クリニック 副院長
九州体力医学研究所 所長
松嶋 肖子

2023年9月公開

1.心臓リハビリテーションの知見

心臓リハビリテーションは、わが国だけでなく世界中で積極的に行われています。しかし1930年代までは、急性心筋梗塞発症後はベッド上で6〜8週間安静にするのが普通であったようです1。そのため、医原性廃用症候群をきたすことが多かったことから、その脱却のために心臓リハビリテーションが始まったといわれています。それから多くの知見を積み重ねて、運動耐容能の改善に止まらず、今や「QOLと長期予後の改善をめざす疾患管理プログラム」または「循環器病予防介入」へと大きく変化しています1。また近年、心臓リハビリテーション対象患者の中にフレイルを有する高齢心不全患者が急増しており、原疾患や併存症に心血管疾患が多いという透析患者の抱える背景とも共通項が多いことから、透析運動療法を導入する際には心臓リハビリテーションの知見に学ぶべきでしょう。心臓リハビリテーションのガイドライン1をはじめとする多くの成書が出版されていますので、ぜひ手に取って勉強することをお勧めします。

2.腎不全特有の問題点

1腎性貧血

腎性貧血は、腎からのエリスロポエチン産生低下を主な原因とし、ほとんどの透析患者に見られます。治療目標はHb値11〜13g/dlといわれており、健常人に比べて酸素輸送能は低いです。前述したように、酸素摂取量は低下します。

2容量負荷(前負荷)

尿量を確保できなくなった患者は循環血漿量が増加し、透析直前の前負荷が最も大きくなると考えられます。自己管理がよくドライウェイトが達成される場合は問題ありませんが、かけ離れている場合はおそらく呼吸器・循環器や下肢筋の血液循環に影響があると考えられ、運動処方を大きく逸脱しないような注意と、そのための注意喚起が必要です。
また、透析中の運動の際には、前半の高血圧と除水量が多い場合(に限りませんが)、後半の血圧低下に対する運動可否の判断が悩ましいところです。安全な運動療法のためには適切な自己管理が必要です。循環血漿量増加が高度になり、肺水腫を起こしているような場合はもちろん運動どころではありません。

3CKD-MBD(慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常)

CKD-MBDもほとんどの透析患者に見られ、運動関連の問題点は骨量減少による骨の強度と、血管石灰化などに起因する血圧の変動を含む心血管機能異常です。骨格に余計なメカニカルストレスがかからないよう、アライメント(フォーム)に気をつけ、無理なく丁寧にエクササイズを行うよう注意しましょう。四肢の運動に気を取られていると脊柱のアライメントに注意が及ばなくなるため、「姿勢に気をつける」よう注意喚起しています。良い姿勢は運動効率だけではなく、脊柱の安全についても寄与しているのです。姿勢を良くすることで脊柱起立筋など脊柱周囲の筋にも良い影響があることでしょう。
動脈硬化症が高度になると、透析中の運動の際血圧の乱高下に接することがあり、心血管イベントへの配慮も大きくなります。「運動療法は健康増進のためにやる」ものですので、迷ったら安全策をとる(運動強度を下げる・中止する)という判断でいいと思います。そこで無理をするより、長く続けることが大切です。

4pHの調節能が低い

前述のCPXの話を思い出してください。ATポイントを超えると乳酸(酸)が生成され、腎不全のない被験者では腎における酸(H)の排泄や、HCO3の再吸収による重炭酸緩衝系の機能によってpHが調節されますが、それが限界に達したときに呼吸性代償が始まります(RCポイント)。ところが、透析患者は腎におけるそれらの調節能が低いことから、酸が体内に蓄積されやすく、酸の影響を受けやすいと考えられます。したがって、運動強度はAT以下がよく、その中で最も高い(運動効率の良い)運動強度はATということになります。運動処方の際にはこのことを念頭におきましょう。ちなみに、そういった理由から、運動負荷試験も最大負荷試験まで行うのは適切ではなく、最大下負荷試験(ATに達したら終了)がよいと考えられます。

5栄養素の欠乏と喪失の問題

保存期腎不全の末期ほどではありませんが、透析患者は蛋白・カリウム・リンを中心に食事制限が続いています。それに伴って水溶性ビタミンやミネラルなどが不足しがちなので、栄養指導の際にはそれらへの配慮も必要です。また、残念ながら透析治療で喪失してしまう栄養素もあり注意が必要です。例えば、L-カルニチンは食事(羊や牛肉に多い)から75%、残り25%は肝・腎で生合成されるアミノ酸ですが、欠乏すると赤血球膜の脆弱化・貧血・筋力低下・心機能低下や脂質代謝異常などが起こると言われています。カルニチンのほとんどは心筋・骨格筋に分布し血中のプールはわずかです。透析患者は、保存期に遡る蛋白摂取制限や運動不足に起因する骨格筋量の減少、腎における生合成の低下に加えて、1回の標準的透析で75%もの血中カルニチンを喪失するという特徴があり2、これが繰り返されることによって、いつカルニチン欠乏症が発症してもおかしくないという状態にあると考えられます。血液透析による喪失はこれにとどまらず、水溶性ビタミンやビタミン類似物質・BCAA(分岐鎖アミノ酸)をはじめとする各種アミノ酸・アルブミンなどにも及びます(透析膜による)。その分を食事療法で補い、筋肉の材料不足にならないよう注意しなければなりません。

3.原疾患が糖尿病腎症の場合の注意点

1糖尿病網膜症

糖尿病網膜症において、新生血管は脆弱で血圧の急激な増加で出血のリスクが高まると考えられており、増殖前糖尿病網膜症以上の症例では、ジャンプやランニングなど両足が床から離れるハイインパクト活動・身体に衝撃の加わる活動・頭位を下げるような活動・呼吸を止めていきむような活動は控えなければなりません3

2末梢神経障害

創ができたり血流障害があっても気づかず、足に潰瘍や壊疽が生じるリスクが高いことが大きな問題です。定期的なフットチェックや必要に応じたフットケアが重要です。足をホールドしつつ局所的に圧迫することのない、サイズの合ったもので、衝撃を吸収してくれるクッション性の高いシューズを選びましょう。

3自律神経障害

運動負荷に対する循環応答の低下・起立性低血圧・体温調節障害・視力障害などの要因により、運動誘発性の有害事象が多いとされています。特に、心血管系の自律神経障害は心血管死や無症候性心筋梗塞の独立した危険因子だと言われます1。普段から患者の症状を注意深く観察し、循環器内科をはじめとする他科との連携を深めて、運動の可否を判断しましょう。

4運動中の低血糖

ここで紹介するような低〜中強度の運動強度・運動量のエクササイズでは滅多にありませんが、もし筋グリコーゲンを枯渇させるほどの運動(強い強度の運動の繰り返しやマラソンのような長時間持続型運動)をする患者がいれば、適宜補食をするか、低血糖に備えてグルコースの携行を考えなくてはなりません。

4.運動療法の目標

なぜ面倒な運動をするのか、目標は人それぞれですが、長い目で見れば、いつまでも自分の足で不安なく歩きたい、というところに落ち着くのではないかと思います。そのためにはどんなエクササイズをすればいいのか、Part 10以降でお伝えしていきますが、その前に、運動療法の基本的な考え方についてお話しておきたいと思います。こうした基本を理解したうえでカスタマイズするのは、施設の裁量(責任)と考えています。

引用文献

  1. 1.日本循環器学会/日本心臓リハビリテーション学会合同ガイドライン 心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン(2021年改訂版),https://www.jacr.jp/cms/wp-content/uploads/2015/04/JCS2021_Makita2.pdf(202/1/10アクセス).
  2. 2.王堂哲:L-カルニチン.臨牀透析 2008,24(13):1758-1760.
  3. 3.日本糖尿病学会編:糖尿病診療ガイドライン2019.南江堂,東京,2019:446.
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