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2019年9月公開
IAD(失禁関連皮膚炎)とは
『エキスパートナース』編集部
監修:大桑麻由美
金沢大学医薬保健研究域保健学系看護科
学領域臨床実践看護学講座 教授
日本創傷・オストミー・失禁管理学会では、失禁関連皮膚炎(IAD:アイエーディー、incontinence-associated dermatitis)を以下のように定義しています。
尿または便(あるいはその両方)が皮膚に接触することにより生じる皮膚炎である。この場合の皮膚炎とは、皮膚の局所に炎症が存在することを示す広義の概念であり、その中に、いわゆる狭義の湿疹・皮膚炎群(おむつ皮膚炎)やアレルギー性接触皮膚炎、物理化学的皮膚障害、皮膚表在性真菌感染症を包括する。
この定義をわかりやすく示したのが図1です。
症状としては、排泄物が接触する部位に、紅斑やびらん、潰瘍などの皮疹が生じ、痒みや痛みを伴います。皮疹の好発部位を表1に示します。この他にも、排泄物が接触しうる大腿部などにも発生することがあるため、意識してこれらの部位を観察することが大切です。
図1 IADは排泄物の接触に伴う局所の炎症の存在を示す広義の概念
表1 IADにおける皮疹の好発部位
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①正常な皮膚のバリア機能
正常な皮膚は、表皮と真皮の2層構造になっています。表皮の最外層は、角質細胞と、細胞間を埋める角質細胞間脂質によって、水分等の透過を阻害しています。また、その直下の層では、細胞どうしが強固に結合することで、物質や細菌の透過を遮断しています。これらによって、皮膚のバリア機能が保たれています(図2)。
図2 皮膚の構造とバリア機能
峰松健夫,麦田裕子.PART1 発生メカニズム 発赤を見たときにはもう遅い! IADで知っておきたい新しい「発生メカニズム」.エキスパートナース 2017;33:65-73.図2より引用、一部改変.
②皮膚のバリア機能の破綻とIADの発生
失禁によって皮膚に排泄物(尿や便)が接触すると、排泄物の水分によって皮膚の浸軟(過剰な湿潤状態による角化細胞の膨潤、細胞間隙の拡大)が生じます。また、失禁のためにおむつを着用している場合は、おむつ内が高温多湿環境となることで、さらに皮膚の浸軟を招きます。
浸軟した皮膚はバリア機能が低下しており、水分の蒸散量が増えたり、細菌や刺激物が侵入しやすい状態になっています。さらに、物理的な強度も低下しているため、摩擦やずれ、頻回な洗浄や拭き取りなどの機械的刺激によって、表皮に損傷が生じやすい状態となっています。
排泄物自体も、皮膚への刺激となります。尿は、もともとは弱酸性ですが、時間が経つと尿素がアンモニアへと分解されてアルカリ性になります。尿が皮膚に付着することで、皮膚表面への刺激となるのに加え、本来弱酸性の皮膚のpHがアルカリ性に傾くことでバリア機能が低下し、感染リスクが増大します。
また、便、特に下痢便(水様便)にはタンパク質分解酵素をはじめとした消化酵素が含まれているため、接触により皮膚の表面が損傷されてしまいます。すると、皮膚から侵入した刺激物が表皮の細胞を刺激し、炎症反応が引き起こされます。
近年では、排泄物の付着によって引き起こされる組織損傷は、皮膚の表面(角層)だけではなく真皮にも及ぶことがわかってきました。
浸軟に伴う皮膚のバリア機能低下によって、細菌や消化酵素が皮膚の内部にまで侵入し、細菌の凝集塊が生じることで組織傷害を引き起こしたり、消化酵素によって毛細血管壁が分解され出血が生じることが、動物実験で確認されています1。
これら、皮膚表面の炎症と皮膚内部からの組織傷害が複合的に作用することで、IADが引き起こされていると考えられます(図3)。
図3 IADの発生メカニズム
峰松健夫,麦田裕子.PART1 発生メカニズム 発赤を見たときにはもう遅い! IADで知っておきたい新しい「発生メカニズム」.エキスパートナース 2017;33:65-73.図6より引用.
IADと似たような所見がみられる症状・病態の一つに、褥瘡が挙げられます。特に、IADによる臀部の発赤は、褥瘡と間違えやすい症状の一つです。
褥瘡が仙骨部や尾骨部などの骨突出部に一致した皮膚にみられ、損傷部位の範囲が明瞭であるのに対し、IADは排泄物に接触している部分に皮膚障害がみられ、損傷部位の拡散がみられます。褥瘡のケアにおいては外力の除去が必要になるのに対し、IADは予防的なスキンケアや排泄ケアが重要であるため、鑑別が必要です。
IADは疾患を示す用語ではなく、前述の図1に示したように接触皮膚炎や皮膚表在性真菌感染症など複数が包括された概念です。
褥瘡以外にも、表2に示したような疾患は、IADとの鑑別のために念頭に置く必要があります。
表2 IADとの鑑別が必要な疾患
乳房外パジェット病 | 高齢者の外陰部に後発する紅斑。鱗屑を付す。搔痒を訴える患者も存在する |
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有棘細胞癌 | 表皮の角化細胞に分化する悪性腫瘍であり、容易に潰瘍化する。熱傷瘢痕、放射線皮膚炎、色素性乾皮症などが誘因となる |
Queyrat紅色肥厚症 | 亀頭、その他陰門などを中心に境界明瞭な紅色調を呈する、表面ビロード状の局面が出現。粘膜や粘膜移行部に生じる悪性腫瘍 |
梅毒 | 初期は外陰部に潰瘍がみられる。感染後約3週間で外陰部に中央が浅く潰瘍化した初期硬結が出現 |
軟性下疳 | 感染後数日で外陰部に紅色丘疹を生じ、その後潰瘍化 |
単純ヘルペス | 直接接触から7日以内に局所の違和感や熱感を自覚、続いて小水疱やびらんが生じる |
壊疽性膿皮症 | 紅斑で始まり、小水疱、小結節などが多発し、次第に潰瘍化。潰瘍性大腸炎、クローン病、骨髄異形成症候群など基礎疾患を持つ |
慢性膿皮症 | 臀部から大腿後面にかけて巨大な湿潤局面を形成し、瘻孔、潰瘍、肉芽腫を形成 |
クローン病 | 肛門周囲に潰瘍が生じることがある。この他に結節性紅斑、壊疽性膿皮症などがみられる |
熱傷(化学熱傷を含む) | 水疱ができるものの、弛緩性であることが多い |
紅色陰癬 | 細菌感染症であり、ウッド灯による診断が有用 |
水疱性類天疱瘡 | 鼠径部のほか上腕や大腿などに搔痒を有する紅斑、緊満性水疱、血疱が多発。水疱は紅斑上に生じることが多く、粘液侵襲の頻度は低い |
固定薬疹 | 粘膜皮膚移行部に好発。薬剤内服後紅斑となり、その後色素沈着する |
一般社団法人 日本創傷・オストミー・失禁管理学会 編:IAD-setに基づくIADの予防と管理 IADベストプラクティス.照林社,東京,2019:8-10.を参考に作成.
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