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2021年3月公開
(1)今なぜ、高齢者と薬のことが問題なのか
長瀬亜岐
公益財団法人日本生命済生会 日本生命病院 看護部
診療看護師
高齢者は複数疾患を抱え、内科・整形外科・皮膚科・泌尿器科等の複数の診療科を受診するために、多くの薬剤が処方されています。高齢者が服用している薬について、「いつから飲んでいるか、なんのために飲んでいるかわからないけど、出されているから・・・」と、話すケースもあります。
また、専門分化されている医師は他科(他院)が処方している薬にまで目が行き届かずに、同じような作用の薬が重複していることもあります。その結果、服用している薬剤が多くなり、それに関連して、飲み間違いや服薬アドヒアランスの低下、薬物有害事象等の問題が生じます。これを「ポリファーマシー」といいます。
何種類以上の服用から「ポリファーマシーである」という定義はないのですが、服用する数が増えるとともに薬物有害事象が増加すると言われています。例えば東大病院老年病科の研究では、入院患者において6剤以上で薬物有害事象の発生度が増加していると報告しています(図1)。薬物有害事象は、急性期病院では高齢者の6〜15%に認められ、高齢者は若年者と比較して入院の割合が4倍高いと言われています。
図1 薬剤別の老年症候群の発生数
老年症候群とは、加齢に伴う各臓器機能の低下によって起こる高齢者に特有の症候です。代表的なのは、ADLの低下、認知機能の低下、便秘や不眠、抑うつ、排尿障害、体重減少などで、①急性疾患に関連するもの、②慢性疾患に関連するもの、③廃用症候群に関連するものに分類されています(図2)。実際には、老年症候群が薬物有害事象によって引き起こされていたり、老年症候群に対する薬物治療がさらなる薬剤性の問題を引き起こしていることもあります。そのため、看護師は老年症候群を引き起こしやすい薬についての知識をもった上で、ていねいに問診をとり、生活視点からアセスメントしていくことが必要です。
薬剤起因性老年症候群を引き起こしやすい薬剤を表1に示します。最近は、嚥下障害も薬剤起因性に生じることが知られています1。このため、高齢者の誤嚥性肺炎の原因についても、「もしかすると薬が原因では?」「この薬はなぜ処方されているのだろう?その薬の効果は?」という視点も含めた包括的なアセスメントが必要です。特に薬剤を開始したり、増量したときに「むせ」などが生じているのであれば要注意です。薬剤性による嚥下障害であれば、薬剤を中止することで、嚥下機能は回復します。医療者の気づきが、高齢者の食べる楽しみを失わせないことにつながります。
図2 老年症候群
鳥羽研二:介護施設の問題点. 日本老年医学会雑誌34(12): 981-986, 1997. より引用
表1 薬剤起因性老年症候群と原因薬剤
症候 | 薬剤 |
ふらつき・転倒 | 降圧薬(特に中枢性降圧薬、α遮断薬、β遮断薬)、睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬、てんかん治療薬、抗精神病薬(フェノチアジン系)、パーキンソン病治療薬(抗コリン薬)、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)、メマンチン |
記憶障害 | 降圧薬(中枢性降圧薬、α遮断薬、β遮断薬)、睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン)、抗うつ薬(三環系)、てんかん治療薬、抗精神病薬(フェノチアジン系)、パーキンソン病治療薬、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む) |
せん妄 | パーキンソン病治療薬、睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬(三環系)、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)、降圧薬(中枢性降圧薬、β遮断薬)ジギタリス、抗不整脈薬(リドカイン、メキシレチン)、気管支拡張薬(テオフィリン、ネオフィリン)、副腎皮質ステロイド |
抑うつ | 中枢性降圧薬、β遮断薬、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)、抗精神病薬、抗甲状腺薬、副腎皮質ステロイド |
食欲低下 | 非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)、アスピリン、緩下剤、抗不安薬、抗精神病薬、パーキンソン病治療薬(抗コリン薬)、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、コリンエステラーゼ阻害薬、ビスホスホネート、ビグアナイド |
便秘 | 睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン)、抗うつ薬(三環系)、過活動膀胱治療薬(ムスカリン受容体拮抗薬)、腸管鎮痙薬(アトロピン、ブチルスコポラミン)、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)、αグルコシダーゼ阻害薬、抗精神病薬(フェノチアジン系)、パーキンソン病治療薬(抗コリン薬) |
排尿障害・尿失禁 | 抗うつ薬(三環系)、過活動膀胱治療薬(ムスカリン受容体拮抗薬)腸管鎮痙薬(アトロピン、ブチルスコポラミン)、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)、睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン)、抗精神病薬(フェノチアジン系)、トリヘキシフェニジル、α遮断薬、利尿薬 |
秋下雅弘:高齢者のポリファーマシー 多剤併用を整理する「知恵」と「コツ」.南山堂, 東京, 2016:6. より改変して転載
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