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2023年3月公開
Part2 がん患者の予後予測
2.死期が差し迫った徴候とは
角甲 純
三重大学大学院医学系研究科 看護学専攻
実践看護学領域(がん看護学分野)教授
がん看護専門看護師
角甲 純
三重大学大学院医学系研究科 看護学専攻
実践看護学領域(がん看護学分野)教授
がん看護専門看護師
皆さんは、死期が差し迫っていることをどのような徴候から判断されているでしょうか。教科書的には、四肢末梢が冷たくなる、尿量が減る、呼吸が努力様や下顎様になる、橈骨動脈の触知が弱くなる、眠っている時間が長くなる、などが記載されていることが多いように思います。これら、死期が差し迫っていることを示す徴候について専門家を対象に調査が行われました(OPCARE9 project と呼ばれる国際的な取り組みです)1。この調査の結果、亡くなる数時間~数日以内に出現する徴候について、半数以上の専門家が合意形成した徴候は大きく7つに分類(「呼吸の変化」「意識・認知機能の変化」「経口摂取の変化」「皮膚の変化」「情動的な状態の変化」「全身状態の悪化」「医療者の直感」)されました(表2)。いずれも、臨床的な感覚と一致するように思われます。最後の「医療者の直感」は、経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。「いつもと何か違う気がする」「そろそろな気がする」という感覚は、うまく言葉として表現(言語化)できないかもしれませんが、この「何か変だ」という感覚が重要であることがわかります。
表2 死期が差し迫っていることを示す徴候
徴候 | 具体例 |
---|---|
呼吸の変化 | 呼吸リズムの変化、下顎呼吸、死前喘鳴 |
意識・認知機能の変化 | 意識レベルの低下、昏睡 |
経口摂取の変化 | 嚥下障害、食事・水分がとれない |
皮膚の変化 | チアノーゼ、四肢の冷感 |
情動的な状態の変化 | 落ち着かなさ、身の置き所のなさ |
全身状態の悪化 | 身体機能の低下、臓器不全 |
医療者の直感 | そろそろだと感じる感覚 |
文献1を参考に作成
コミュニケーションがとれる患者さんの割合は、お亡くなりになる時間が近づくにつれ徐々に減少していきますが、お亡くなりになる1~2日前までコミュニケーションがとれる患者さんは40%くらいだと言われています2。それでは、先ほど確認した死期が差し迫った徴候は、実際にどれくらいの患者さんに現れるのでしょうか。それぞれの徴候について、死亡前に出現する時期(中央値)と、死亡3日以内の出現頻度を表3にまとめました3,4。
表3 死亡直前の徴候
死亡前中央値 | 死亡3日以内の出現頻度 | ||
---|---|---|---|
3日以内の死亡を予測するには不向きな徴候 | PPS≦20 | 4.0 | 93 |
RASS≦-2 | 7.0 | 90 | |
液体の嚥下困難 | 7.0 | 90 | |
3日以内の死亡を予測できる可能性のある徴候 | 鼻唇溝の低下* | 2.5 | 78 |
尿量低下(12時間<100ml) | 1.5 | 72 | |
視覚刺激への反応* | 3.0 | 70 | |
言語刺激への反応* | 2.0 | 69 | |
死前喘鳴 | 1.5 | 66 | |
末梢チアノーゼ | 3.0 | 59 | |
閉眼困難* | 1.5 | 57 | |
呻吟* | 1.5 | 57 | |
下顎呼吸 | 1.5 | 56 | |
無呼吸 | 1.5 | 46 | |
首の過伸展* | 2.5 | 46 | |
チェーンストークス呼吸 | 2.0 | 41 | |
橈骨動脈触知不可 | 1.0 | 38 | |
瞳孔の対光反射* | 2.0 | 38 |
*神経所見
PPS=20:(起居)常に臥床、(活動と症状)著明な症状がありいかなる行動も行うことができない、(ADL)
全介助、(経口摂取)数口以下、(意識レベル)清明もしくは混乱±傾眠。
RASS=-2:軽い鎮静状態(呼びかけに10秒未満のアイコンタクトで応答)。
文献3,4を参考に作成
この調査の結果、全身状態の低下(PPS≦20)、意識レベルの低下(RASS≦-2)、液体の嚥下困難は、死亡3日前には90%以上の患者さんが経験することがわかりました。その一方で、徴候が出現する時期はお亡くなりになる4~7日前であり、死亡3日前にはすでに出現しているため、徴候の出現によって3日以内の死亡を予測することは困難であると言えます。次に、尿量の低下、末梢チアノーゼ、下顎呼吸や神経症状として鼻唇溝の低下、視覚刺激への反応、言語刺激への反応などの出現頻度は38~72%ですが、出現する時期は1~3日と報告されています。そのため、これらの徴候が出現したときには3日以内にお亡くなりになる可能性が高いと言えます。
バイタルサインの変化はどうでしょうか。お亡くなりになる2週間前のバイタルサイン(体温、脈拍、呼吸回数、血圧、酸素飽和度)を測定する調査が行われています5。この調査の結果、体温は死亡3日前ごろから上昇し、血圧と酸素飽和度は下がっていきます(図1)。脈拍は2週間前から徐々に上昇傾向にあり、呼吸数は横ばいでした。すべての患者さんに必ずしもこのような変化がみられるわけではありませんが、毎日定期的にバイタルサインを測定することで、3日以内にお亡くなりになることの予測は難しいかもしれません。むしろ、バイタルサインの測定が患者さんの負担になる可能性もありますので、測定の目的を明確にする必要があります。
図1 死亡1週間前のバイタルサインの変化
文献5より引用
©DEARCARE Co., Ltd.