Part7透析患者の運動療法の実際
②off-HDエクササイズ
(透析時以外の運動療法)

医療法人才全会 伊都クリニック 副院長
九州体力医学研究所 所長
松嶋 肖子

2023年9月公開

1.抗重力筋のお話

透析患者は安静時間が長いことは前述しました。“安静”のどこが問題なのでしょうか。地上で活動する動物は等しく重力(1G)に影響を受け、ヒトの骨格筋も重力に抗して身体を支える抗重力筋(図1)と、直接は影響を受けない非抗重力筋に大別されます。
1990年代を中心に、ベッドレストに関する研究が相次いで報告されました。ベッドレストは重力の影響を最小限にし、抗重力筋に対して重力負荷を解除して不活動状態をもたらせます。その結果、筋の廃用性萎縮が起こり筋力は低下するのです1。ベッドレスト期間と筋量・筋力に関する研究は多く、10日目ごろから抗重力筋の筋萎縮が始まり、20日目ごろにはほぼすべての下肢筋群の筋量が有意に減少する2ということです。20日以上になると筋持久力が低下し3、90日を越すような長期間のベッドレストでは、骨格筋の可塑性が失われ、ベッドレスト以前の筋機能を再獲得するのは不可能1といわれています。

図1主な抗重力筋と姿勢
図1 主な抗重力筋と姿勢

抗重力筋機能が低下すると良い姿勢を維持できなくなる

ベッドレスト下のトレーニング効果については、軽度〜中等度の自転車漕ぎでは抗重力筋の筋力減少をまったく阻止できませんでした4-6。これに対して、30日間のベッドレスト中、最大酸素摂取量の90%強度の運動24分間を含む30分間の仰臥位自転車漕ぎを1週間に6回実施すると、抗重力筋のみならず非抗重力筋の筋力低下を阻止でき、最大酸素摂取量が維持できた7という報告もあります。
ここで一つ奇妙な現象が見られました。筋力は筋断面積に比例しますが、ベッドレストで低下した筋力と筋断面積の減少との間には有意な相関関係がなく8,9、筋断面積に比し筋力の低下が著しいという報告が続いたのです。それは筋肉を使えないという前提が、筋萎縮に先立って運動意欲の著しい低下を引き起こし、これが原因で筋力発揮のセントラルコマンドが減少したからだと解釈されています1。逆に、筋力トレーニングの初期に筋肥大が達成されていないにもかかわらず筋力が向上するのは、セントラルコマンドの亢進で筋収縮に参加する筋線維の動員が増加するからであると考えられています1。セントラルコマンドは、運動を発現するために脳で生じる、骨格筋収縮と自律神経系の変化とをパラレルに引き起こすシグナル10と言われていますが、その実態はいまだ解明されていません。

on-HDエクササイズでも体力や筋力の維持や増進はそれなりに得られるのですが、なかなか筋量が増えるところまではいきませんでした。かといって、透析中に最大酸素摂取量の90%以上という運動は非現実的です。on-HDエクササイズは、筋肉をうまく使えるようになるよい機会と割り切って、さらなる体力増進を図るのであれば、重力の影響を受けられるフィールドにも拡大して、on・offの2本立ての介入が必要だと考えられました。こうして取り組んだのがoff -HD エクササイズです。

引用文献

  1. 1.鈴木洋児:ベッドレストと筋機能.吉岡利忠,他編,筋力をデザインする.杏林書院,東京,2003:187-206.
  2. 2.Akima H, Kubo K, Kanehisa H, et al:Leg-press resistance training during 20 days 6 head-down-tilt bed rest prevents muscle deconditioning. Eur J Appl Physiol 2000;82(1-2): 30-38.
  3. 3.巽宇宙:20日間のベッドレストが最大酸素摂取量と筋持久力に及ぼす影響. 1993年度東京大学医学部保健学科保健管理学教室卒業論文,1993.
  4. 4.Suzuki Y, Murakami T, Haruta Y, et al:Effects of 10 and 20 days bed rest on leg muscle mass and strength in young subjects. Acta Physiol Scand Suppl 1994;616:5-18.
  5. 5.Birkhead NC, Blizaard JJ, Daly JW, et al:Cardiodynamic and metabolic effects of prolonged bed rest with daily recumbent or sitting exercise and with sitting inactivity. TECHN DOCUM REP NO. AMRL-TDR-64-61. Aerosp Med Res Lab 1964, Aug;1-28
  6. 6.Kakurin LI, Lobashik VI, Mikhailov VM, et al:Antiorthostatic hypokinesia as a method of weightlessness sumulation. Aviat Space Environ Med 1976;47(10):1983-1086.
  7. 7.Greenleaf JE, Bernauer EM, Ertl AC, et al:Isokinetic strength and endurance during 30-days 60 head-down bed rest with isotonic and isokinetic exercise training. Aviat Space Environ Med 1994;65(1):45-50.
  8. 8.Suzuki Y, Iwamoto Y, Haruna S, et al:Effects of 20days holizontal bed rest on mechanical efficiency during steady exercise at mild-moderate work intensities in young subjects. J Gravt Physiol 1997;4(1):S46-S52.
  9. 9.LeBlanc AD, Gogia PP, Schneider VS, et al:Calf muscle areas and strength changes after five weeks of horizontal bed rest. Am J Sports Med 1988;16(6):624-629.
  10. 10.木場智史,奈良井絵美:セントラルコマンド機能を生成する脳幹神経回路.自律神経 2021;58(1):101-104.
●このケアカテゴリーに関する動画
透析運動療法を始める前に:導入前の検査と運動処方
●このケアカテゴリーに関する動画
透析運動療法のメニューの例:透析室でも、ご自宅でも
●このケアカテゴリーに関する動画
透析中の運動療法の実際

ディアケア プレミアムとは?

閉じる
閉じる
閉じる
閉じる
閉じる
閉じる
閉じる
閉じる
閉じる
閉じる
閉じる
閉じる