2024年3月公開
わが国では老人医療費が無料化された1973年ごろを境に、病院で最期を迎える人の割合が増加しました(図1)。高齢者を受け入れる「老人病院」が増えるなど、それまで福祉が担ってきた高齢者のケアを医療が担うようになり、死亡場所が自宅から病院へとシフトすることにつながったのです。
1950年代半ばから始まった高度経済成長に伴い、急激に進んだ女性の社会進出やライフスタイルの変化によって核家族化が進展し、単独世帯が増加してきました。こうした社会の変化は生活の豊かさをもたらしてきた反面、同時に家庭から死を看取る習慣が失われた時代でもあります。
厚生労働省:人口動態統計(1951~2021).をもとに作成
医療は、がん治療をはじめとしてめざましい進歩を遂げました。「がんの診断=死の宣告」と恐れられた時代から、がんとともに歩む人生が長くなり、がんと診断された人の5年生存率も上昇しました。これはがんの研究と臨床のたゆまない努力の成果といえます。2人に1人はがんになるといわれる時代において、がん治療の進歩には多くの人が期待を寄せています。
がんに限らず、医療の高度化に伴い救命されるいのちが増えたことは、がん同様に当事者とその家族にとって大きな喜びです。しかし、助かったいのちが生活に適応し、後遺症や障碍とともに生きる方々の生活の質(QOL)を支える医療やケアの在り方を見直す必要性が求められました。
「地域包括ケアシステム」は、それぞれの地域の実情に合った医療・介護・予防・住まい・生活支援が一体的に提供される体制をめざしています。介護保険と医療保険の両面から増加する高齢者を支えていくことになり、おおむね30分以内に必要なサービスが提供される中学校区を1単位として想定されています。
間近に迫る「2025年問題」に対し、後期高齢者(老人)医療費の上昇や社会的入院による財政圧迫を解決する政策として、病院完結型の医療から地域完結型の医療への転換が推進されています。住み慣れた地域での自立した在宅生活の支援に向けて、地域包括ケアシステムの構築が求められています。それと同時に、がん以外の老衰や脳血管障害後遺症、神経難病などの病いとともに、長く生きる人々のQOLの向上に向けて、医療だけなく、ケアの在り方、療養生活に対する新しいしくみの整備が急務となっています。
高度経済成長に伴う時代の変化は、私たちの暮らしを豊かにしてきた面も多々あります。しかしその一方で、家庭から死を看取る習慣が失われたことによって、いずれ遭遇する親との別れや自分自身の人生の「終い方」について学ぶ機会が失われてきました。
その結果、死を忌み嫌い、語ることもタブーとする時代の中で死は遠い出来事として、医療に依存してきました。人は、年齢を重ね、老いによって心身の機能が低下する自然の経過も医療によって改善できるのではないかと期待を寄せ、入院するのが最善の選択だと思う家族の心情は根強く残っています。
また、高齢になった親世代は、老いて生きる姿を見せることで人の介護や死について子や孫に教える場面がなくなりました。家庭内で年をとることを迷惑と考え、家族の中で老後の過ごし方や最期の療養について話し合うこともなくなりました。
2021年、日本財団が67~81歳の親世代(当事者)と35~59歳の高齢の親を持つ子世代を対象に「人生の最期の迎え方に関する全国意識調査」を実施しました1。この調査結果によると親世代は人生の最期を迎えたい場所として58.8%が「自宅」と回答し(図1)、その理由は「自分らしくいられる」「住み慣れている」からと回答しました。子世代も58.1%が「自宅」で最期を迎えさせてあげたいと思っていることがわかりました。また、絶対避けたい場所として「子の家」(42.1%)、「介護施設」(34.4%)と回答しました。
同調査では、人生の最期をどこで迎えたいかを考える際に重要だと思うことについても質問しています。この問いに対し、親世代の回答で最も多かったのは「家族等の負担にならないこと」(95.1%)、次いで「一人でも最期を迎えられること」(60.1%)でした。一方、子世代では親は「家族等との十分な時間を過ごせること」(85.7%)を望んでいると回答しており、親と子の考えにギャップがあることもわかりました。
日本財団:人生の最期の迎え方に関する全国調査報告書.2021:5.をもとに作成
https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2021/03/new_pr_20210329.pdf(2023/12/20アクセス)
人生の最期をどこで迎えたいか。その選択肢には療養型病院や介護施設、サービス付き高齢者住宅など、さまざまありますが、本心は、住み慣れた自宅を希望する人が多いことは、これまでの調査でも明らかになっています。
「暮らしの中で逝く」ことを望み、現実には病院で最期を迎える人が多いのはなぜか、社会の変化から考えられるその要因について、訪問看護師として看取りに取り組んできた立場から考察したいと思います。
私は訪問看護師として、独居であっても老々介護であっても、自宅で最期を過ごしたいと希望される方に対し、24時間いつでも要請に応えられる体制で看取りに取り組んできました。また、家で過ごしたいけれど「家族に迷惑がかかる」「介護の限界を感じる」など、さまざまな事情によって在宅での生活を継続できない人を受け入れるホームホスピス「神戸 なごみの家」(以下、「なごみの家」)を立ち上げ15年目を迎えようとしています。
ホームホスピスは、自宅でなくても自宅にいるように過ごしたいという希望をかなえる“第2のわが家”です。空き家となった民間を活用し、自宅に近い環境と、医療保険や介護保険を使用するフォーマル・サービスと、インフォーマル・サービスを組み合わせて24時間生活を支援するしくみです。「自宅にいても最期まであきらめずに医療を受けられるのが家族にできる最善のこと」と信じる家族の気持ちを受け止め、時間をかけて本人を主体に対話を重ね、本人と家族を支え、看取りを支援する第2のわが家でもあります。
「なごみの家」では、病名や介護度で利用を制限せず、がん、脳血管障害後遺症、神経難病、認知症などさまざまな疾患の方を受け入れています。
今から15年前、開設直後に看取りを経験された70代の遺族から「人が死ぬ瞬間を初めて見ました」と言われたことがあります。それほど看取りは家庭から遠ざかり、多くの人が医療機関で最期を迎えるようになったのだと思いました。暮らしの中で死に逝く人を最期まで見守ることが難しい時代となり、多くの人が病院で死を迎えることが当たり前となっている社会ではありますが、看取りの文化を地域に取り戻すムーブメントとして、「なごみの家」での看取りも含めて、暮らしの中で死に逝くことについて述べます。
引用文献
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~日常生活の延長線上にある看取りをめざして~
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