2024年3月公開
深刻な病気であると診断されたとき、多くは本人の精神的ショックに配慮して、先に家族に病状説明をして、家族の意向に沿って本人への説明内容を相談することが長い間一般的とされてきました。特に「がん=死」と恐れ、本人に伝えることで治療や生きる希望を失うことを恐れて、本人に告知をしないまま終末期を迎える場面も多くありました。
しかし、早期発見や治療により、がんは完治できる病気になり、5年生存率も高くなってきました。また、医療に関する多くの情報が得られやすい時代となり、医療関係者以外でも薬剤に関する知識を得ることが容易になりました。また、治療による副作用や日々の苦痛症状を緩和するときに当事者の向き合い方が経過に影響を及ぼすことも明らかになりました。
医療者が患者に適切な説明を行い、患者の理解を得られることも重要です。これは医療法においてもきちんと示されています(第1条の4第2項)。また、患者には「個人の尊厳」および「生命、自由および幸福追求に対する権利」として憲法第13条に基づく自己決定権または自己の身体に対する支配権をいうとされています。
さまざまな治療経過を踏まえ、2018年に厚生労働省は「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」を策定し、医療・ケアの在り方に対する指針を示しました。その内容には、①本人の意思確認ができる場合、②本人の意思確認ができない場合に分け、医療の決定に至るプロセスを明示しました。
会田薫子氏1は、臨床現場における治療やケアに関する意思決定の在り方は、従来型の父権主義的なパターナリズムから患者の自己決定、そして共同意思決定へと変遷してきたとしています。また、共同意思決定とは「本人の意思の尊重を中心に据えつつ、本人だけに意思決定の役目を負わせずに、本人にとっての最善を実現するために、家族や医療・ケア従事者も情報を共有しながら一緒に考え、悩ましい場面も共有して意思決定する」こととし、それが現代の標準とされるようになってきたと述べています。
共同意思決定では、医療・ケアチームと本人-家族の間での情報の共有と決定の共有が重視されます。医療・ケアチームは本人や家族に対し可能な限り医学的根拠(evidence)を土台に治療法の選択をすべてあげきり、本人と家族は医療・ケアチームに本人の生活と人生の物語り(narrative)の視点に基づく情報を伝え、双方で共有します。そのうえで最も適切な選択肢を見出していくのです。
会田氏は、「こうした考え方は本人が自らの医療に関する希望を事前に文書で表明するという『事前指示』の不足を補い、対話のプロセスを重視するadvance care planning(ACP)の発展につながった」といいます。また「在宅医療は本人が家族らと人生の物語りを紡いでいる場所で行われており、ACPの実践の舞台として最適といえる。ACPを適切に行うと、それは家族ケアにもなり、また、医療・ケア従事者の仕事満足度の向上にもつながる」と述べています1。
意思決定支援は、単に医療やケア方針の決定を後押しすることだけではありません。終末期の医療やケアについて本人と医療者・ケアチームが対話を重ね、十分に話し合うプロセスの中で、互いの死生観を醸成していくのではないかと思っています。多死社会が進む中、今後ますます在宅での看取りは増えていくでしょう。死生観の醸成が看取りにおけるケアの充実につながることを期待しています。
臨床倫理ネットワーク日本:臨床倫理プロジェクト 臨床倫理オンラインセミナー
〔2020 年 7 月改訂版〕意思決定プロセス.より転載
http://clinicalethics.ne.jp/cleth-prj/cleth_online/part1-3/now.html(2023/12/20アクセス)
共同意思決定を実践するにあたって、医療関係者の課題は、外来診療などの合間に患者や家族と話し合いをする十分な時間を確保し、「説明」はしっかりと行うのですが、「対話」の習慣がないことです。
一方、患者や家族の課題は、自らの生き方や将来の選択について普段から家庭で話し合う習慣がないことです。「自分の死について話し合いたくないし、考えたくもない」という思いから、医療については医療者に委ねる習慣が続いてきました。
日本財団の調査によると、子ども世代に「これまでに親と〔お葬式・お墓〕や〔人生の最終段階における、受けたい(受けたくない)医療・療養〕〔財産などの相続〕〔最期の迎えかた〕〔最期を迎える場所〕のいずれかについて話し合ったことがあるか」と尋ねたところ、46.2%が「全くない」と回答したそうです2。看取る側は親が人生の最終段階に対しどう考えているのか知りたい気持ちがあっても、聞き出しにくい、あるいは意見をもつことも避けたいとの思いがあるのかもしれません。
特に医療者からさまざまなデータをもとに詳細な説明を受け、「何か質問はありませんか」と問われても、その場ですぐに質問をするのは難しいでしょう。今後の療養の場や人生の計画、価値観を言葉にして医療者に伝えられる人も多くありません。
在宅での看取りは、地域の実情にあった方法で自治体ごとに取り組みます。元気なころから地域の中でコミュニケーションする場を創り、住民同士や家族間における対話の習慣化にも取り組みたいと考えています。
引用文献
Part6在宅看取りにかかわるうえで大切なこと
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