Part4認知症・BPSDをもつ方へのかかわり方
―失敗事例と成功事例から学ぶ―

群馬大学大学院保健学研究科 教授
内田 陽子

2022年11月公開

2.BPSDをもつ方への摂食嚥下ケア

【事例から】うつ症状により食事を拒否する患者さん
【事例から】家族の料理をかたくなに拒否する患者さん

(1)摂食嚥下ケアでの“お困りごと”とケアの工夫

食事援助は通常、毎日3回行う看護ケアです。認知症患者さんでみられがちな食事の際の“お困りごと”として、食事の拒否(食べたがらない、食べようとしない)や摂食嚥下障害による誤嚥などが見受けられます。
認知機能障害があると、食べ物や食器を認識できなかったり、食べ方がわからないなどが理由で食べられないことがあります。あるいは、食膳が見えづらいことに起因して幻覚や妄想が生じたりすることで、食事を拒否する場合があります。BPSDの症状のひとつである、うつ状態から、食事量が低下する場合もあります。
また、加齢や認知症の神経症状によって摂食嚥下機能が低下してくると、誤嚥性肺炎のリスクが生じるほか、食べようとしてもむせてしまったり飲み込みにくさがあったりで、食事自体を忌避する患者さんもいます。
このように、食事がうまくいかない原因はさまざまです。ケアの際は、食事の拒否や困難につながる原因をアセスメントしましょう。患者さんの状態によっては、無理に3食完璧な食事をめざすのではなく、“食べたいときに食べられる量を”といった考え方も大切になってきます。表2の内容も参考に、事例をもとに考えてみましょう。

表2 食事がうまくいかない原因と対応の工夫(例)

食事がうまくいかない原因 対応の工夫(例)
  • 目の前にあるものが食べ物だとわからない
  • 食器と食べ物の色などが同化してしまい、見えていない
  • 食器の使い方がわからない
  • 食べ物が見えやすい、わかりやすいような盛り付けを工夫する
  • ひとつひとつ食材を説明しながら視覚や嗅覚にも訴えかけ、最初の一口を介助する
  • 食器を手に持たせ、最初の食事動作を促す
  • 食事が自分にとって悪いものだと思っている(妄想・幻覚)
  • お皿の模様やおかずが虫のように見える
  • 妄想や幻覚につながる要因を取り除き、安心して食事ができる環境を整える
  • 嚥下障害が生じており、飲み込みづらさがある
  • とろみをつけたり、食べやすいサイズに調理する
  • 巧緻性低下があり、食器がうまく使えない
  • 柄の太いフォークやスプーン、介護用の箸など食器への工夫を行う
  • 手で持てるおにぎりやサンドイッチを試みる
  • BPSDのうつ症状で食欲の低下がみられる
  • 無理に食べさせようとせず、気分を変える工夫を行う
  • 廃用に注意し、主治医とも相談して必要に応じて薬物療法を検討する

(2)【事例から】うつ症状により食事を拒否する患者さん

  • Cさん、86歳男性
  • 血管性認知症
  • 昼食を摂ろうとせず、看護師が勧めても悲観的な表情。
  • 看護師が口もとに食事を運ぼうとすると、「いらない」と器をひっくり返してしまう。
  • がっかりする看護師を見て、申し訳なさそうな表情になる。
(2)【事例から】うつ症状により食事を拒否する患者さん

【適切な接し方への手がかり:うつ、食欲低下】

看護師は何とか食事を摂っていただこうと、「食べないと元気になれませんよ」などの声かけをしていますが、Cさんにとってはその声かけも煩わしく、つらいもののようです。思わず手が出てしまった後に申し訳なさそうな表情になったのも、言葉でうまく伝えられなかった不甲斐なさの表れと考えられます。
Cさんは、BPSDのひとつ、「うつ」症状が出ていると考えらえます。特に血管性認知症の方はうつを合併しやすく、そのような状態で無理強いすると患者さんはつらい思いをします。
医師と相談して抗うつ薬を一時的に使用することも効果的ですが、本人が食べたいときに食べたいものを食べることができる環境を検討してはいかがでしょうか。私たち看護師は、3食全量摂取をめざしてしまいがちですが、私たちも食事を残すことがありますね。主食を食べないときは、間食をすることもあるでしょう。病院においても、柔軟な対応を検討する必要があるかもしれません。
ただし、食べられない状態を放置すると廃用が進んでしまうため、スタッフ間で情報を共有して経過を観察しながら、食べていただく方法を検討していきます。

【気分を変えてもらう働きかけをし、さりげなく嚥下機能も評価】

気分を変えてもらう働きかけをし、さりげなく嚥下機能も評価

Cさんに気分を変えてもらおうと、病院から見える桜でお花見をしようとお誘いしてみました。拒否があったので無理強いはせず、お部屋の窓から見ることにしました。
奥様差し入れのプリンをお勧めし、お茶も用意して、一緒に「乾杯」すると、Cさんに笑顔で食べていただくことができました。日本人は乾杯すると必ず口にする習慣がありますので、一緒に看護師もお茶の時間を楽しんでみてはいかがでしょうか? そうすれば気分がよくなり、続いてのアプローチもスムーズになります。
そしてお茶がうまく飲めるかどうか、プリンが食べられるかどうかをさりげなく観察し、嚥下機能の評価に努めます。お茶もプリンも、むせなどもなく摂取することができたため、嚥下には問題なしと評価しました。
食事も無理して食べなくてもよいことをお伝えしたところ、「せっかくだから食べようかな」と、前向きな返事をいただくことができました。無理強いせず、おおらかな態度は相手に伝わり、安心させます。

認知症の方は脳へすぐにエネルギー補給できる甘いものを好まれます。口当たりのよい、自分で食べやすいお菓子など、本人が好むものを好きな時間に摂取すればよいと考えます。食べられないときにすぐに点滴を検討するのではなく、ご本人が好きなもの、食べたくなるものを用意することを考えましょう。例えば、身体の末梢から投与する点滴よりも、“口から飲む点滴”の甘酒のほうが、栄養価が高く、認知症の方も好まれます。
食欲を促す散歩や気分転換も有効です。また、この事例では看護師とCさんが「乾杯」していますが、私もこれまでに何度も「乾杯」で患者さんに笑顔でお茶を飲んでいただいた経験があります。病棟では患者さんと一緒にお茶を飲むことは難しいと思いますが、言葉と動作だけでも効果的ですので、ぜひ試してみてください。
なお、この事例でもご紹介している血管性認知症の方は、脳血管性疾患の後遺症として嚥下障害を合併している可能性が高いです。嚥下障害があることで、食べることを拒否している可能性も考慮し、プリンやゼリー、水を摂取していただいて、嚥下機能を評価しましょう。

(3)【事例から】家族の料理をかたくなに拒否する患者さん

  • Dさん、86歳男性
  • 血管性認知症
  • 妻と二人暮らし、最近退院し自宅に戻ってきた。
  • 自宅での食事は3食とも妻が手作り。
  • 妻が食事を勧めても拒否。本人の好物を食べさせようとするものの、むせ込んで吐き出してしまう。
  • 苛立って妻の手を叩き、制止した看護師にも暴言があった。
  • 微熱の症状がみられる。
(3)【事例から】家族の料理をかたくなに拒否する患者さん

【適切な接し方への手がかり:体調不良、摂食嚥下障害】

暴言や拒否、怒りなどはBPSDの代表的な症状です。DさんのBPSDの要因を考える必要があります。Dさんは血管性認知症であり、嚥下障害を合併していることが考えられます。微熱の症状がみられることから、誤嚥性肺炎も考える必要があります。
Dさんの気持ちになって考えてみると、微熱があり体調が良くないのにもかかわらず、無理に食事を勧められ食べさせられたこと、それによってむせ込んでしまい苦しく恥ずかしい思いをしたことなどが、怒りの引き金になったと考えられます。
この事例では、妻は良かれと思ってDさんの好物であるタコとワカメの酢の物を食べさせています。食事拒否に対して本人の好きなものを提供することは本来では効果的ですが、食材によっては逆効果になることもあります。嚥下障害のある方にとって、タコは噛みにくく、ワカメは喉に張りつきやすく、酢はむせやすいものであり、いずれも難易度が高い食材です。Dさんの嚥下機能を評価したうえで、食べやすい食材・調理法や食べにくい食材・調理法について、食事を作る方への情報提供が必要です。表3に示した食品は、嚥下障害がある方にとって食べにくいものですので、参考にしてください。

表3嚥下障害がある方にとって食べにくいもの
表3 嚥下障害がある方にとって食べにくいもの

【“食べたがらない”理由を考え、無理強いはしない】

“食べたがらない”理由を考え、無理強いはしない

なかなか食べようとしないDさんに対して、看護師は微熱があることから体調が悪いと判断し、受診の手配をしました。
また、妻に対して、誤嚥性肺炎の可能性があり、受診を手配しているため無理やり食べさせなくてよいことを伝え、食べやすい・飲み込みやすい食事の情報提供をしました。食事を摂れないことを心配する妻には、看護師が体重や栄養評価をしっかり行うこと、必要に応じ栄養価の高い食品や飲み物なども検討できることを説明し、安心していただきました。
さらに妻と会話を重ねるうちに、Dさんは退院後もなかなか以前のような生活に戻れずにふさぎ込んでいるときもあることや、入れ歯が合っていないことを気にしていた、という重要な情報を得ることもできました。

このように、Dさんが食べない原因を分析すると、単なる好き嫌いではなく、体調が悪い、嚥下障害がある、入れ歯が合わず噛みにくい、無理強いする妻の態度が怒りにつながっている、うつで食欲がないなど、さまざまな要因があることがわかりました。
在宅の場では特に、限られた訪問時間で集中してアセスメントすることが重要となります。アセスメントの過程では、ケアの主体となる家族とも話し合う機会をもち、不安を取り除いたり、情報を収集することも大切です。
また、今回の事例のように、誤嚥性肺炎が疑われるときには、主治医に連絡して受診の手配をします。さらに、食べる・食べないにかかわらず、口腔ケアが必要であることも認識しておきましょう。(Part4 6.BPSDをもつ方への口腔ケアも参照)

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